2

 コミセンに備え付けられているパソコンが時々フリーズすると息子のヒロタンにカオリンは懇願する。
「このパソコン、私の言うことを聞かないのよ。我が儘よね」
「お母さんが、無茶苦茶に使うからだ」
「私の考えているレベルに、パソコンの能力がついて来てくれないからではないの?ビルゲーツさんに言って欲しいわ。私が使っても、壊れない様なパソコンを作りなさいって」
「・・・?」
「治ったよ。矢印のないところでアイコンを無暗にクリックしないでね」
「ダブルクリックする時、手が震えているので2回目は別の所を押してしまうのよ。アイコンを大きくして頂戴。パソコンは私の言うことを聞かないのだから」 「お母さん、パソコンは気の長い人が好きみたいだよ。お母さんみたいに無暗にクリックする人は嫌いみたいだ」
「そうね。このパソコンは女性ね。私に嫉妬しているのよ。秀麗の男性だったら、優しくしてあげるのにね」
「まぁ。どちらでもよいけれど、自叙伝は進んでいるの」
「色々考えているけれど、ぼちぼち書くわ」
ヒロタンは、ほっとしてコミセンから自分の部屋に戻った。
「さぁ。私の自叙伝を書かなくちゃ」
「表題はカオリンの人生でいいかしら。そんな大それたことでもないから、カオリンの生きがいにしようか。いや、夢みるカオリンがいいな」
そのような事を考えていると、トヨリンがニコニコ顔で訪ねてきた。
「カオリンいる」
「いるわよ」
「今度お花の展示会があるのよ。私の作品も展示しているので、来てくれない」と十数枚のチケットを持ってきた。
「これ招待券だから、ここに来る人に渡して頂戴」
「今度は、草月流なの古流なの小原流なの」
「私は小原流の先生よ」
「いや、その色々な流派が集まって展示会をするのでしょう。今度も」
「全国の先生方も出展するので、大きな展示会になるわ」
「そう、コミセンに来る人に行ってもらうわ。いつもありがとうね」
トヨリンが少し思い詰めたように改まって言った。
「今度スマートホンの操作方法を教えてくれない」
「買ったの」
「あなたが楽しそうに使っているから私もできると思って買ったわよ」
「そう。最初は少し難しいけれど、慣れれば簡単よ。まあ、一ヶ月ほど私の所に通いなさい」
「なによ、3日でいいわ」
「できるようになるまで結構かかるわよ」
「テレビも見ることができるのかしら?」
「そんなの、家のテレビで見たらどうなのよ」
「娘夫婦達がいつもチャンネルを取ってしまうので、水戸黄門やNHKののど自慢が見られないのよ」
「ハードディスクに録画しておいて、後で見ればいい」
「そんなことすると後でまた叱られるわ。この間も自分の番組を入れようとして、他の予約をキャンセルしてしまったらしいのよ。孫娘が涙出しておこるのよ。たかがAKB48の生番組が見られなくなった、だけなのにね」
「そう」
「この頃のデジタル機器って、操作がややこしいわね。やるたびに新しい事が出て来て、覚えられないわ。そうそう。銀行でパスワードを毎月変更して下さいというものだから、変更したのよ。今度はそれを忘れてしまって、3回失敗すると係員が出て来て、このカードは利用できませんと言われたわ。それから一ヶ月もかかって、何やかやの手続きをして、やっと現金を出せるようになったのよ。銀行員は私の顔を覚えていないのかしら」
「大きな鏡の前であの人が私ですからと証明してみたら」
「そうね、自分の事は自分が一番知っているからね」
「この間も駅で、乗車券を買おうとして、行き先を押してから、お金を入れてもなかなか券が出てこないので、呼び出しボタンを押したのよ。駅員さんが扉をあけて、おばあちゃんお金を入れてから行き先のボタンを押してくださいなんていうのよ。それから、高齢者は切符の買い方も知らないという陰口をたたくのよ」カオリンが急に怒り出して、
「なによ、自動機械が人間のレベルまで来ていないのに、それを金科玉条のように正しいと考えているのだから、どうしようもない人達ね。この世の中は、いつまでも人間が主体ではないのかしら」
トヨリンがもう一つの用事を思い出した。
「それはそうと、あなたエクセルと言うのを使える?」
「勿論、エクセルVBAで簡単なプログラムも時間をかければできるわよ」
「お花の会員の名簿と会費を入力したいのよ。そして、請求書と領収書を印刷したいけれど、できるかしら」
「ああ、それなら先日、川柳の会員さんの物を作ってあげたから、それを少し手直ししてできるのではないかしらね。年次報告の会計プログラムも必要じゃない?」
「それもできる?!出来るならお願い」
トヨリンは両手を胸の前に持っていき拝むようにした。
「手直しにも少し時間がかかるから、来月でもいいかしら」
「全然いいわ。私達には、有り余る時間があるのだから、余裕よ」
トヨリンは、頼むだけ頼んだので、自分の仕事をすべてこなしたかのような気持ちになって、帰って行った。
それから、カオリンはパソコンに向かい自叙伝を書き始めた。
「私は、大正二年二月十三日生れで、若い時はNHKの八重の桜に出てくる美しい綾瀬はるかちゃんにそっくりだった。こどもは三人育てたが、今ではそれぞれが独立し何とかやっている。夫は私が六十歳の時に、脳梗塞で亡くなった。それ以降、市の支援も受けず独立した生活を営んできた。そして、歳をとるに従って何にでも興味を持つようになり、高齢者のための大学に入学したり、放送大学の番組を見るようになった。85歳から始めたパソコンで年賀状やチラシを作れるようになり、町内の役員さんから色々な要請も受けるようになった。さらにインターネットやフェイスブックやツイッターを通じて友人が多くなり、今では毎日孫達とのメールを楽しみにしている。それ以外にも日本中からメールが来るようになった。今後は、コミセンを通じてこの街を世界一幸福な街にしたいと思っている。終」
あれ、11行で私の人生が終わっちゃった!

      3、

「カオリンいる」
と聡明なアキリンがコミセンに入って来た。
「あなた、今の市長さんどう思う。マニフエストの60%以上を実現したのですって」
「市政をしっかりやっているからじゃないの」
「名古屋の河村市長さんや大阪の橋下市長さんのような迫力がないよね。自分が何をしたいかと言うのが分からないのよ。マニフェストのほとんどが以前から決められていたことで、今の市長さんがしたいと言ったことは一つか二つよ」
「でも私達が選んだのでしょう」
「それはそうだけれど」
「ここ数十年少子高齢化が進んで街の中には子供がいなくなったし、若い人がいなくなって限界集落みたいだね。大型スーパーが駅前にあるだけで、継承者の問題がある小売店は、一代限りで店を閉めているわ。自動車を運転できなくなると不便でしょうがないわ」
「それはそうと、今度の参議院選挙では、インターネットが使えるようになるそうよ」
「高齢者の議員さんは反対しているけれど、アメリカのオバマ大統領もツイッターで呼び掛けて選挙資金を集めたって言うじゃない」
「一票の格差や議員定数も是正できない日本の議員さんが、本当にできるのかしらね。全国の有権者の下に自身がさらけだされることになるからね」
「インターネットでの選挙活動では多くのお金がかかるらしいから、新人候補は当選できないわ」
「でも、ホームページを自前で立ち上げるのには、1万円もあればできるし、パソコンも安くなったから、そんなにお金は、かからないと思うけれども。何に使うのよ」
「選挙妨害を防ぐとか、中傷された記載を告発するとか、有権者一人一人に丁寧に政策を伝えるとかの人件費がかかるみたいよ」
「もし、ポスターや選挙カーや選挙事務所等を止めてしまえば、それほどお金はかからないと思うのよ。そうなれば静かな選挙になるし、候補者をネットでじっくり選択できるようになると思う。もしお金がかからない選挙になれば、誰でも選挙に立候補できる。小選挙区に百人の立候補と言うことも可能だね」
「そんなことになったら、選挙管理委員会が悲鳴を上げるわよ」
「なぜ?立候補者をエクセルで入力して、公示するだけじゃないのよ。名前の間違いだけをチェックすればいい」
「あなたって、何でも簡単に考えるわね」
アキリンはあきらめ顔で言った。
「本来はそういうものなのよ。みんながこの人はと思う人を選べばいいのでしょう。マニフェストの内容と実行スケジュール、そして実現できなければ、次の選挙では落ちても良いという位の覚悟が必要ね」
「地盤、看板、資金力と既得権がもの言う世界に、あなたのような考え方では無理よ」
「それでは民主主義じゃない。昔からの風習を代々引き継ぐような政治家は要らないのよ。自分がしたい、またはせねばならぬという政策を掲げて正々堂々と戦えばいいのよ。そのためには選挙資金集めなどからのしがらみを断ち切るようにしておかないとね」
「この間、市議会を見学したのよ。議員さんはもう少し勉強してほしいなと思ったわ。教育について質問して、教育委員長がすらすらと答弁したら、それで引き下がってしまうのだから、だらしないってありゃしない。いじめの問題や教科書選定の問題があるのにね。もっと、こうしたいという情熱が欲しいわね。答弁に食い下がれないなんて、質問しないほうが良いというくらいのものよ」
「専門委員会で充分討議されたので、本会議では時間もないから、質問しただけではないのかな」
「あなたは、市政報告の広報なんか読んでいる?」
「回覧版で読んでいるわ」
「その中にいじめや教育問題について抜本的な解決策が書かれていたことがある?先生のつるしあげや教育委員会だけを責めても問題は解決しないのよ」
「それならどうするのよ」
「街の大人達全体が先生になるのよ。そして子供たちを育んでいく。私達のような
高貴(、、)高齢者も若い親たちの相談を受けられるようにならなければね。街を歩く子どもたちの心を理解していける様な大人にならなければ、世界一幸せな街には出来ないしね」 アキリンがさらに真剣になって、
「教育だけではないわ、若者が減り続けているので、雇用を創って行くことも必要よ」
カオリンが目を輝かせて言った。
「私はITと医療と農業と観光のタイアップを考えているのよ」
「それって何?」
「TPPに参加することになると既存の農業や医療制度の抜本的な改革が必要になると思うの。農業は消費者のニーズを的確につかんで、大規模に計画的に生産していくことも必要よ。また医療も生れてから死ぬまでどこに住もうが電子カルテを利用できるようにして、いつでも自分の体の状況を把握し、治療から予防への転換が必要になる。ひいては医療費の節約にも繋がるでしょう。それから、私はITの天才達をこの街に呼び込みたいのよ」
カオリンの声が少し上ずってきた。
「噂によると一人の天才が5千人の雇用を生み出すそうじゃない。そうすれば、十人もいれば我が街は若者であふれるようになる。勿論天才が我が街に住むということは強制できないけれども、ネットから我が街をいつも育ててくれるようになる」
「そんな天才たちが住む様になると、街全体が大変になるわ」
「普通の人と一緒よ。彼らが考えている事を迅速に実現できるような社会インフラを造るだけなのよ。彼らの要望に答えるだけでいいのよ」
「天才ってすごいね」
「その人を盛りたてて働く人はもっとすごいわよ。天才は零から一を生み出すけれども、働く人達は一から百を生み出すのだからね。みんな違ってみんないいのよ」
「それだけ色々な事を考えているなら、あなたが今度の参議院選挙に立候補したら、私達老人会はこぞって応援するから」
「国会議員は言うだけじゃない。マニフエストを実現できないからと言ってやめる人がいる?責任をとれる立場がいいな。市長とか県知事は大統領制みたいで直接国民から選ばれる。そして自分のマニフェストを実現するために必死に仕事ができる」
「そうよ、コミセンで話し合った事を市政で実現したら、あなたがいつも言っている世界一幸福な街にすることに近づくのよ。再来年の市長選にもしあなたが立候補したら、街中のネットワークを総動員して、あなたを応援するわよ。百歳のおばあちゃんが市長になりました。ギネスものじゃない。ねぇ。立候補しなさいよ」
「自然災害がおきても、海外からの観光客を含め市民から一人の犠牲者も出さない街づくり。老若男女が和気あいあいと住む街に」
と言う決まり文句を言ったところでカオリンは夢心地から覚めた。

作者:馬鹿吐露
所在:金沢
経歴:不詳
趣味:バドミントン、囲碁
夢みる カオリン


金沢城




兼六園





常盤橋





天神橋





梅の橋