4
今日は、コミセンでアキリンの講話を聴く日である。早く来たトヨリンとカオリンが楽しく話している。
「ねぇ、スマートホンでアサイチの有働アナウンサーにメールを送っているけれども一度も採用されないのよ。NHKって、独身のおばあちゃんの話なんか取り上げてくれないのかしらね。それともイノッチのイラスト入りのFAXを送らないといけないのかな」
カオリンが、胸をそらしながらトヨリンに行った。
「あなたの考え方が保守的なのよ。もっと革新的なことをいえば・・・。私なんかこの間、孫に会いに東京に行った時、新橋で民放の若いアナウンサーに誘惑されて、今回のアベノミクスについてどう思いますか、とインタビューを受けたわ。若い人は日本を良くするために、情熱を持ってしぶとくやりなさいて言ったら、全国放送で百歳のおばあちゃんが安倍首相に期待しているなんて放映されたわよ」
「そうね。もっとはっきり言わなくちゃね。次回の独身女性の悩みと言う番組では、有働さんのお婿さんができました位のセンセーショナルな事を書いてみようかしら」
そんな四方山話をしているうちに常連がやって来た。アキリンは、女子大学生のように紺色のスーツに細いネクタイをして、底が平らな黒靴を履いて現れた。
「あらいつもとは違うのね。」
「そうよ。今日は私が講師よ。これくらいのスーツは持っているのよ」
「見直したな。10歳は若く見える」
この間冷やかされたお返しにユウタンが言った。
「何よ。20歳は若く見えると言って、60からは毎年歳を取ることにしているから、今年で五十二歳よ」
カオリンがニコニコ顔で言った。
「それなら、私は今年で20歳ね」
「僕は三十五歳。カオリンよりも年上?」
とユウタンがびっくりした顔で言った。
皆が集まって来たところで、カオリンが開催を宣言した。
「今日は。お嬢さんの様なアキリンから『医者の上手なかかり方について』の講演をいただきます。レジメを取ってくれましたか。それでは、アキリンお願いします」
「今日はレジメに書いてある通りピンピンころりすなはちPPKについて、科学的に実践的な視点から説明いたします。またデータはインターネットを利用して、厚生省や市の保健事務所からのものも使うので、カオリンその操作はお願いね」冗談ばかり言っているいつものアキリンとは今日は違う。
「まず、最初に自分の健康状態の過去から現在までの履歴をまとめておく。孫子の兵法じゃないけれども、自分を知り他人を知ってこそ百戦戦うとも危うからずよ。今まで色々な検診や病気の診断を受けてきたと思うけれども、そういうものは自分にとっては貴重なデータだから、いつでも見返しきるようにしておくこと。そのようなデータから自分をよく知ることが大切よ」
「しかしカルテとか薬の内容などは先生が持っているので、私達が調べるわけにはいかないと思うわ」
トヨリンが、話の途中で意見を言ったが、アキリンがトヨリンの方に振り向きながら言った。
「この頃の先生達はパソコンで患者のカルテを管理しているはずだから、先生に自分のデータをいただけませんかと言えば、プリントアウトしてくれるはずよ。手数料は支払わなければならないかもしれないけれどね」
「何か先生に楯突くようで、難しいな」
と半信半疑にシンタンが話した。
「私なんかは、向学のためにと先生にお願いして、いつも戴いているわ」
とアキリンは確信的に行った。
「戴けるものなんだ」
とトヨリンが言った。
アキリンは少し背を伸ばしながら、
「次に、病気になった場合、名医を選ぶことが必要ね。さらに良い患者にならないといけない。発病の兆候から医者の所に来るまでの自分の健康状態を的確に話しできるようにする。何しろ待ち時間二時間、診察五分なのだから、その五分の中に今までの情報をすべて盛り込むためには時系列を追った健康状態の説明がいいと思う。先生はそれを聞いて、触診や検査を行い診断するけれども、その時点ではその病気が完全に分かっていない場合がある。そこで確率的に高い病気についてそれを治療するための薬が処方される。以降は薬の効き方を見ながらその量を変えたり、別の薬にしたりしていくものなのよ」
ユキリンが口をはさんで言った。
「抗生物質などは、決められた時間毎に飲まないと効果が出てこないし、途中でやめたりすると、耐性菌をつくる原因になったりするから、処方箋に従って正確に飲んでいかなければならないのよ」
シンタンは、今も病院に通っているのでかかりつけの先生とは懇意にしている。「名医であれば、患者への問診で百%病名が分かっているよ」
「そう簡単には病名や処方箋が分かるわけではないから、経過を見ながら判断していくことになる。そして治癒した時は、今後同様な病気にかからない様に生活習慣の改善が指示されるはずよ。これからは治療から予防を心がけていくことが大切なのよ。一病息災ともいうけれども、健康なままに、ある日突然死んでいくのが素晴らしい生き方なのよ」
ユウタンが眉間に皺を作りながら話した。
「しかしね。簡単には死ねないよ。家で突然死んだりしたら、警察が変死と考えて家族や関係者から事情を聴くそうだよ」
アキリンはよく知っているねと頷きながら、
「人に迷惑をかけないで死んでいくのが大切ね。体の具合が悪くなって病院で一週間位寝込んで死んでいけば、家族にもみとられ、変死の扱いもなく、人にあまり迷惑もかけずに大往生できる。それがPPKなのよ」
ユウタンが、自分の人生を悟ったように言った。
「おれは死んだら、角膜や臓器を他の人にあげたいな」
「健康保険証に書いてあることね。しかし年齢制限があるのではないかな。やはり若いぴちぴちした人の臓器の方が体も若返るのではないかしら」
「俺の体はピンピンしているから、若い人の精気には負けない」
とユウタンが声を張り上げていった。
「カオリン、あなたみたいに百年も生きてきたら、こんな話当たり前だと思っているのじゃない?」
「人生なんて一瞬よ。みんなに感謝して生きていると楽しい事ばかりよ。何時お迎えが来ても、もう少しお待ち下さいと言っているもの。聖路加病院の日野原先生の新聞記事を読むたびに感じるのだけれども、私自身がもっと社会貢献をしなくてはといつも思っているのよ」
「あなたの考え方はいつも若いわね」
「そうね、掌の皺と皺を合わせて、お互いの健康に感謝することが幸せっていうところかしら」
アキリンが、尊敬する様な気持で言った。
「カオリン、あなたのような人こそ市長さんになって私達の街を世界で一番幸せな街にして頂戴」
そして、トヨリンが茶々を入れるように言った。
「百歳のおばあちゃんが市長になるか。これはギネスに載るね、きっと」
カオリンはしめたという顔をして、
「その話も面白いね。私の自叙伝に、それも入れとこうかな」
と言って、カオリンはスマートホンに少し書きこんだかと思うと、すぐに送信ボタンを押した。
おわり
