<参照>
電卓のデジタル数字のように橋を渡る。


        

        


小  説


金沢城




兼六園





常盤橋





天神橋





梅の橋

9 大津波

 七月十九日。先祖を供養する灯篭流しが終わってから、一ヶ月間雨が降り続いていて川は増水していた。今日は、3の字であるので、白いワンピース姿の智子と「うめの橋」の左岸で落ち逢い、3の字の上からスタートした。3の字では、「あまの橋」の上で、洋は智子を背負い、渡りきらねばならない。ほのかな香水の香りがする。智子の娘さんも、今年から、看護学校に入り、介護や看護の勉強を始めた。肩越しから、智子が
「この頃娘の良子が、お母さん将来どうするの。一生面倒見切れないから誰かと結婚して・・・。なんていうのよ」
「そうか、うちの息子もそんなことを言っている」
私達の事を薄々感じているかも等と話しながら、土砂降りの雨の中で相合傘をさし、2人で談笑しながら歩いていた。さいの川の上流のダムから放流が始まるサイレンも先ほどから鳴り出した。そこに、突如大地震が起きた。まさか、川の上流までは津波など来ないと思っていたのに、地震から20分で10メートルを超す津波が2人を襲った。上流からの放流水と下流からの津波がぶつかり、大きな津波になってしまった。家々は耐震構造のため破壊されなかったものの、予期されなかった大きさの津波が、流域に住む人々の命と財産を奪っていった。この街では何百人もの人が、津波にのみ込まれた。激流の中でも二人は手を固く結び
「ともこ。君だけでも助かってくれ。あい・・・」
激流が言葉を打ち消しそうになる。
「わたしも、あなたをあい・・・」
が二人の思いであった。
 看護学校から駆けつけた良子が見た光景は、河岸にある洪水から人々を守ると言われている「ときの橋」近くの不動尊の前で、少し頬笑みを浮かべたお母さんの美しい姿であった。
 翌々日帰省した安雄も、不動尊の近くであなたのお父さんが発見されましたと消防団の人から話を聞いた。家は川近くにあったので、跡形もなくアルバムなどの想い出さえもなくなっていた。子ども達は、お父さんとお母さんの淡い恋心などは知らず、それから数年が経過した。

10 パソコン相談

 安雄は、東京の工業大学を何とか卒業して、今では地元に戻り、システム事業メーカのシステムエンジニアとして働いている。この会社では、人づくりが大切ということで、システムエンジニアであっても、一般の顧客の所に行かせて、自社のパソコンのよろず相談を受けさせている。
 直木良子さんから会社の方に連絡があった。新規のパソコンを購入したのだけれどもネットワ―ク設定が、分からないということである。たまたま、その時に会社にいた芥川安雄社員が、出張させられた。
「こんにちは、システム会社から来ました、芥川でございます」
お婆さんが出てきて、うちの良子がお願いしてきたことやね。と言って奥にいる娘さんの良子を呼びに行った。
「良子。シス何とか云うところの、芥川さんが来られましたよ」
「えつ。芥川さん」
「こんにちは。システムエンジニア会社の芥川です。パソコンの設定に来ました」
良子は少し驚いた表情で、
「あつ!芥川さん」
「はい。これが私の名刺です。早速ですが、すぐ設定をしてもよろしいですか」「はいどうぞ」
と居間の方に案内される。そこに、良子に似たお母さんとおぼしき美しい遺影が飾られていた。
「この書類に、お名前と電話を記載いただけませんか。今後色々な相談を承るようなサービスを行っていますので、会社にお連絡いただければ一年間は無料で保証いたします」
「はい」
安雄はネットワークやソフトの設定をテキパキとこなした。
「設定は終了しましたので、インターネットをご確認下さい。また私共の会社へのメールアドレスを入力しておきます。御連絡いただければ、必要に応じて出張してきます」
「毎回、芥川さんが来られるのですか」
「いや、この様な作業は当社では誰もが出来るので、その時に在籍している社員が来ます」
「そうですか」
「それでは、失礼します」
「今日はありがとうございました」
「あの」
と良子が質問しようとした。
「え。」
「何でもないです。またよろしくお願いいたします」
青年がちらりと良子を見て頬笑みを浮かべた。そして、ほのかな香りと快い言葉を残して帰って行った。

11 満願

 良子は知っていた。お母さんの大事な遺品である交換日記を、鍵を使って開いていた。そこの中には、母親がダンスパーティで知り合った芥川洋をいとしく書かれており、また家族、特に息子や娘のために、自分の身を清くしなければと思っていた事を知っていた。あの大津波の日に「あまの橋」で逢い、背中に背負われたであろうことも知っていた。また、芥川洋と息子の安雄が、性格的に似てきたという日記も見ていた。そして表紙ポケットの写真と今日の若者の顔が似ていることに少し驚いた。お母ちゃんは、こんな感じの人を好きだったのだと。
 良子は、早速設定されたインターネットを利用して、今度の十月の満月の日を検索した。
二,三日後良子は、パソコンが、快適に働いているという感謝のお便りとまた出張してきて下さいというメールを芥川さんへ送付した。それが、芥川さんの上司や同僚にも見られていることも知らずに。しばらくして、
「この間はどうもです。その後問題は発生していないようで安心しました。以前のメールは会社の誰もが見る事が出来る事、CCとBCCの違いなどが記載されている参考書の紹介・・・。システム事業本部 芥川」と言う簡単なメールが届いた。
良子は、今度は安雄に電話で連絡した。大津波で母親がなくなった事。安雄さんのお父さんとの交換日記が家に残されていた事。そして「もどり橋」の願掛けについても簡単に話をすると、電話口から安雄のすすり泣きが聞こえてきた。
「お断りいただいてもよろしいのですが、もしよろしければ、今度の十月六日の満月の日にうめの橋でお逢いできませんでしょうか」
「大津波以降、父と母の写真や遺品など、昔の記録が何も残っていないのです。今日お話しをお聞きして、父親の事をもっと聞きたくなりました。こちらこそお願いいたします。今度の満月の日ですね」
満月の日は、願掛けの満願の日なので、0の字を一筆書きにしなければなりません。その時は、「あまの橋」を渡らないで、「ときの橋」と「うめの橋」だけを渡る。唯一、0の数字だけは、うめの橋の左岸の袂が始点であり、そしてもどりの終点になる。満願の日だけが「もどり橋」になる。
それから二人の若者がどうなったかを、「もどり橋」は知っている。

                    おわり