カオリン、市長になる

1、街頭演説にて

「私は百歳のお婆ちゃんですが、本市の窮状を救うために、この度市長に立候補致しました」
 駅頭で声を張り上げて、レンタルショップで借りた拡声器で、赤紫色のスーツを着たカオリンが呼びかけている。赤く紅葉したもみぢの葉影の下を行きかう人も珍しそうにその話を聞いている。
「私は、選挙運動は出来るかぎりホームページで行いますが、時々駅頭でお話しいたします。私が就任しましたら、本市の財政の健全化と老若男女が生き生きと働く街づくりを推進していきます。
1、市長をはじめ議会の議員さんも含めて報酬を半分にします。そして市の会計並びに市長の歳費の透明化を図ります。
2、自然災害で観光客を含め一人たりとも犠牲者を出さない街づくりの施策を実施します
3、IT関連の事業を誘致して、若い人達の雇用を拡大します
4、 市の負債を減らすために毎年少しずつ返済いたします。そのためには高齢者の方にも働いていただきます。高齢者はボランティア活動に参加していただきますが、若干の報酬も用意します
5、貿易を推進し、海外からの物資の輸出入を拡大します
6、都会からの認知症や徘徊老人も受け入れることが出来る体制を造り、また交通網の整備を行います
7、市長室並びにホームページのブログは皆さんに開放し、各種相談が出来る場にいたします」
と市長選挙に立候補したカオリンが声を張り上げている。道行く人もおばあちゃんの言うことをなんとはなしに聞いている。
 男の子の手をつないでいる若いお母さんがカオリンに話しかけた。カオリンはどんな質問にも謙虚に答える。
「私は今後子どもを産むことを躊躇しています。託児所の設備もないので子どもを預けてお仕事はできません」
「子どもさんは何人いるのですか」
「この子一人です。二人目を産みたいと考えていますが、将来に不安があります」
「あなたのお母さんやお父さんに相談しましたか」
若いお母さんは少し困った素振りをみせて
「いいえ夫婦で悩んでいるだけです」
「そうですか。僕、いくつ」
と男の子にカオリンが話しかけた。
「三ちゅ」
と男の子が目をくりくりさせながら幼児語で答えた。
「今年、三歳になったところです」
「元気ですね。わたしは高齢者の方々に呼びかけて、託児のために古家を解放してくれるようにお願いします。そして保育士の方々に来てもらうようにします。そして高齢者の方にも資格を取っていただきます」
「そのような施設ができたら私たちも安心して働くことができますね」
と少し微笑みを浮かべて若いお母さんが言った。
「市の財政は厳しいですが、これからの将来を担う人たちに思い切り仕事や生活を充実させてほしいのよ。この子の将来のためにもね。子は宝です。子どもを大事に育ててくださいね」
若いお母さんはカオリンと握手して頑張って下さいと言って、男の子の手を優しく握りながら去っていった。

2、自宅のコミュニティセンターにて

 いつものメンバーが机を囲んで談笑している。今日は黒いスーツで正装したアキリンが言った。
「お疲れ様。街頭演説も大変ね。それはそうとあなたは市長になってもこのコミュニティセンターは継続するの」
「私は継続したいと思っているわよ。あなたたちが盛り上げてくれているのですからね」
「あなたの公約はこの活動から生まれたのだから、引き続きあなたをサポートしたいわ」
「そうだ、俺の提案を取り入れてくれているので、それを市で実現してほしいね」
とグレイの背広をダンディに着こなしているユウタンが胸を張っていった。
「ところで今度の市長選に出ているもう1人の初老の現市長は公約もカオリンと同じようだけど、市長と議員報酬の減額や高齢者は働けと言っていないね」
と白髪の頭をかきなでながらシンタンが訝りながら言った。
「私は市の負債を軽減するために、行政のスリム化が必要と考えている。そのために市長自らが報酬を半分にすることを公約している」
ユウタンが話の中に割り込むようにして言った。
「しかし行政のスリム化には市の職員なんかは反対するだろうし、いわんや市議会議員は抵抗するのではないのかな」
ユウタンはさらに続けた。
「市長になると利権があって袖の下をとれるから、市長の報酬分くらいはすぐに取り返せるのではないのかね」
「私は選挙で無駄な金を使わないようにする。また私自身の歳費の透明化を図るわ。私自身や後援会に業者からお礼の裏金が来てもすべて公開するわよ。お金を頂くことはないが、どうしてもというなら公開すると言ったうえで、頂くわ」
カオリンが毅然として言った。
しかしユウタンがさらに畳掛けるように質してくる。
「それをふとこるわけだから、市長の報酬を半額にしても腹は痛まない」
カオリンは少しむくれたようになって
「市長を辞める時には、それをすべてボランティア活動や福祉に寄付するわ」
アキリンが二人の仲を取り持つように入ってきた。
「そんな風にすると業者の人もお金を持ちこまなくなるし、また福祉基金という形にしてどこにいくら寄付しましたまで公開したら皆さんも納得するわね」
カオリンはそうよそうよという顔をして、
「私は1円の金額も公開して使うのよ」
という言葉を聞くや否や、アキリンが少し微笑んで、
「そうすると私の香典費用はあなたのホームページに掲載されるのね」
カオリンが少し肩の力を抜いてさらに言った。
「そうね。すべて透明化するわけだから」
アキリンが残念そうに、
「私の葬式には香典を持たずに来て頂戴」
話の内容を納得したように、ユウタンが大きな声で言った。
「あなたに触れる人は全部透明人間になってしまうみたいだな。隠し事ができない」
カオリンはそこまではしないというそぶりを見せて、
「私生活や恋愛までオープンにならないわよ。私が公人として役職についている時はお金の出し入れは透明にするということ。これは常識のような気がするけれど今の議員さんでは難しいらしいのよね」
ユウタンが思い直したように、
「選挙に当選した時の打ち上げ会は、みんなの寄付でするけれども、市長を辞める時は市長が支払うというのはどうかな」
また、カオリンがむきになって、
「私が辞める時は1円も残っていないから打ち上げ会はないわ」
アキリンはそこまで透明化ができるのかしらという顔をしながら聴いている。それでもその場では、みんな納得したような雰囲気になった。

3、講演会場にて

 演説が終了すると同時に、中年の男性が手を挙げた。
「公約の内容がわかりましたが、あなたのような高齢者が市政の仕事を継続できるのですか」
カオリンは少し咳払いをして、その男性をじっと見つめながら答えた。
「いい質問ですね。常日頃から健康には留意しているので、生活習慣病はございません。しかし人の寿命というのは分かりません。若い人でも明日どのようになるかわかりません。しかし、仕事をてきぱきやれることは現在もパソコンの相談室を開設していますので、若い人には負けないですよ。また若い人たちの雇用確保のためにITの天才をこの市に誘致したいと思っています。一人の天才が五千人の雇用を創造するといわれていますので、私は世界の天才たちに呼びかけて、そういう産業を引っ張ってきます。さらに市の行政は電子化によってシステム化され合理化されるので、行政のスリム化と同時に高齢者のボランティアも受け入れます」
間髪いれずに他の男性が手を挙げていった。
「それだと市役所が冷たいパソコンだらけになりませんか」
「そこではむしろ市役所職員の市民への傾聴活動が必要になるのです。高齢者のボランティア活動も取り入れ、分りやすく、優しい街づくりをすすめていきます」
別の女性が手を挙げて質問した。
「選挙資金を使わない活動を推し進めていますが、ポスターや街頭選挙カーはなぜ使わないのですか」
カオリンは当たり前でしょうというような態度で話し出した。
「私は選挙資金の中で何で一番お金がかかるかを知っています。そして選挙資金がかかればそれを回収することを考えるようになる。しかし初めから使わなければ、回収する必要がありません」
その女性は相槌を打ちながら聴いている。
「それでホームページ等を利用して選挙活動をしているのですね」
ホームページを見てくれているのだと頭をよぎった。
「私の得意なところでもあるし、お金も最低限で済みます」
さらにその女性が質問を続けた。
「引き続いてもう一つ質問があります。あなたは少子高齢化の問題を掲げていますが、都会からお金付きの高齢者を呼び込むのですか。それは問題をさらに深刻にしませんか」
これもかねてからの持論をカオリンは紹介した。
「私は高齢者の方も働いてほしいと思っています。働ける環境が整っていれば我々人間はいくつまでも働きたいと思うものです。ITの力で高齢者を補助するシステムを導入していき、高齢者が一生働くことができる社会を実現します。しかし若者の職場を奪うような仕事はしていただくわけではありません。若い人たちでは経験不足でできないことやしたくない仕事やその仕事では生活できないような給料しか払えない仕事を高齢者の方にやってもらいます。そして若い人たちがもっと創造的な仕事をするためのサポートをしてほしいのです。子どもの教育や地域コミュニティの活動などを率先して行っていただきたいと思っています」
今度は別の女性が立って言った。
「介護の必要な人だけを受け入れると言っているのではないですか。介護保険を搾取しようというのですか」
カオリンは険しい目で話し出した。
「違います。街全体を徘徊できるようなシステムにしてしまうことを考えています。店の人たちが高齢者の人に話しかける、また高齢者の人もお店の人に話しかけるそういう街づくりを推進します。そのためには、現在の交通システムの大改革を実現します。街中は時速12KM以上では運転できなくします。それにより街中を徘徊できるようにするのです」
ジーパンを履いた若い男性が話を継いだ。
「そういうことにしたら経済活動が落ち込むことになりませんか」
カオリンは大丈夫ですよという態度で言った。
「車は高効率な電気自動車にして、街全体をクリーンにします。当然人感センサーを付けて人が横切るときは必ず止まる自動車です。バスも荷物を載せられるようにします。そして路線内であればどこでも乗降できるようにしますから、高齢者の買い物難民をなくすことができます。また経済活動では深夜を中心に移動していただくようにします」
他の若い女性が立ちあがった。
「そうすると老人や子ども達が住みやすい街になり、快適な暮らしが実現するかもしれませんね」
カオリンは心の中でそうですよねといって、
「さらに私は次のようなことも実施しようと思います。本市での住まい期間の長さに比例して、生活費に補助を出そうと思っています。現在観光客が私たちの市民の台所に来て、新鮮な食材を購入しておられます。それに伴い価格が高くなり、むしろ市民がそこを使うことができなくなっています。そこで顔入りのカードを市民の皆さんに配布し、それを使って購入すると最高30%還元されることを考えています。お店では定価を支払うわけですが、カードをもって来ていただければ、市から最高30%還元されるわけです。本市に長く居住している人ほど還元率が多くなる。もちろんそのお金はお店から市が徴収しますがね」
それには少し異論がありそうに、女性が言った。
「お店は嫌がりませんか」
これは納得させますというような意気ごみでカオリンが言った。
「確かにそういう面もあるでしょうが、長く市に在住していただいている人への還元サービスですから協力いただけるものと思います」
会場の隅から男性の声がした。
「観光客が来なくなるぞ」
とやじがはいった。
「そういう面もありますので、観光客には黙っていましょうか」
会場全体に笑いが広がった。

 


作者:馬鹿吐露
所在:金沢
経歴:不詳
趣味:バドミントン、囲碁
カオリン、市長になる


金沢城




兼六園





常盤橋





天神橋





梅の橋