4、教育について
現在、市では子どものいじめ対策に取り組んでいるが、カオリンはその内容を根本的に変えようとしている。カオリンの長い人生の中では、多くのいじめを経験している。それは貧乏であることや身体の欠陥を揶揄するものから職場のパワーハラスメントまで何でも経験してきた。そこでたどり着いたのは、いじめに打ち勝つ自分を作ることといじめにあっている人を救出する自分になりたいということであった。そしてカオリンはいじめる人の心の中にも仏性があることを信じられるようになった。就学児が虐待を受けていることや自殺があると、教育委員長や校長が謝罪する姿をずっとみてきた。しかし本当はいじめるものといじめられるものと周りにいる生徒たちと、その家族と学校の先生そして地域の人たち全員が当事者ではないかと考えてきた。そこでいじめをなくすることよりも、いじめに強い子どもや大人を作るにはどうすればよいか。その周りにいる人たちも含めて、カオリンはいつも次のような譬えで話してきた。
「私たちは137億年前、ものすごい高温の光の粒から生まれてきて、もとは一つだったのよ。それがどんどん別れて一人々を作ったのよね。それがお互いにいじめあうということは不思議だね。私の好きな言葉で金子みすずさんの ”みんな違ってみんないい”という言葉がある。みんな違ってしまったが、みんな生きる価値のある人生なのだ。それは自然にもあてはまり道端に生えている草花にも愛情を注ぐことができる。憎しみは学習して増加していくものなの。それに打ち勝つ理性が必要かもしれないね」
「街の高齢者も一緒になって、学校で生徒たちや先生を指導してほしいな。仏性のない子はいないわ。いじめっ子にもきっと・・・。子どもたちが学校に行くときは、おはようと声をかけ、帰ってきたらお帰りと言ってほしいな。もちろん人間の心持はそう簡単に変わるものではないけれども、それを二〜三年続けると相手からもあいさつされるようになります。大人たちも他人の子どもという考え方でなく、この街の大切な子どもたちだと考えてほしいの」
「しかしね、今の教育では人を見たら悪人だと思えという教育をしているように見えるのね。確かに十万人に何人かはそういう人がいるかもしれないけれども、多くの人はよい人たちよ。またその悪い人も街の人達の見守りによって、変わってくれるものと私は信じているの」
と毎朝、お経をあげた後に、仏様にブツブツ言っているカオリンの姿があった。
5、自然災害への対策
今日も駅頭での街頭演説である。カオリンの人気が少しずつ上がり、駅前では警察官が聴衆者の交通整理を始めるようになった。
今日は日本政府並びに国際連合に呼びかけますと話した後に、カオリンは以下のように続けた。
「日本のITやロボットや防災システム等の諸技術は世界でも最高のレベルにあると言われています。そのような文明国日本で、阪神・淡路大震災では死者六千四百三十四名、行方不明者三名が、また東日本大震災では、死者1万五千八百八十名、行方不明者二千六百九十四名の多くの方々がなぜ犠牲になられたのかを考えなければなりません。現地に入ると、被災者の方々は自分たちの将来への不安のみならず、肉親や友との永久の別れの寂しさが心の多くを占めているということをひしひしと感じます。また九死に一生を得た方々とお話すると、今生きているのは、この世で何かをするために、生かされているのではないかといわれることがあります。日本が今後も先進国であるためには、自然災害に対しても、二十四時間以内に救出できる体制を整備して、海外からの観光客を含め一人の犠牲者も出さないように、防災の専門家と市民が協働し活動していくことが必要です。そして、世界の隅々にそのような技術や文化的活動を伝えていくことが日本の世界への貢献に繋がると思います。」
さらに駄目押すように続けた。
「本市が世界で一番幸せな市になるためには、ここにいる誰もが安心して、安全で生活できることが必要ですが、大規模な自然災害が発生した時には、本市の力だけでは不足ですから外部の協力も必要です。そこで国連の機関に自然災害救援隊を設立することを提案しています」
6、支援者が増える
選挙終盤になって両候補の舌戦は白熱してきた。カオリンは公的な会場でしか演説をしないが、ホームページには多くの情報が行き交い、特に若者が新市政を望んでいることが明確になってきた。対立候補からはカオリンに対する個人的中傷があったが、それをいじめの一つだと思い、我関せずという態度でやり過ごした。また現職の実績と業界団体の後押しを前面に押し出した選挙戦を行っているが、しかしその業界団体も夢を語るカオリンの話に期待してみようかという状況になった。駅頭や街角での街頭演説ではカオリンの支持者が、終了後清掃活動を街の人たちと一緒になって行うので、“カオリンが来ると街がきれいになる”という噂が広がった。さらに公共放送のテレビ討論会では、カオリン陣営はITを駆使したデータをベースに企画案、実施手段、資金、維持経費、波及効果、見直し時期を明確にしているので、非常に分かりやすくまた実現しなかった場合の弊害も明確にしていった。対立候補からは未来をそのような精度では予測できないのではないかという反対質問が多くなり、あたかもカオリン市長に野党が質問するような状態になっているように視聴者の目に映った。長年の経験がそれを裏付けまたその課題に汗と足を使って謙虚に取り組んでいる姿があったからである。カオリンのそれは現場・現物主義というか現地の人の意見をよく聞いていることからの結果であった。それに法律の裏付けを確認しながら、社会をシステム的に立体的に表現していた。メリットだけではなく、デメリットの部分も説明するので、公約自体は非常に厳しい選択がいることを物語っていた。しかし最終的にはそれによりカオリンへの信頼感が増していった。
7、世界一幸せな市にするのが私の使命
就任早々鳥インフルエンザが、ある農場で発生した。農場主はすぐに農政課に連絡したため、狭い範囲の消毒で済み被害は広域に及ばなかった。カオリン市長は早速農場に行き農場主から話を聞き、今後どのようにするかを話し合った。そして、その対応を即座に職員に指令した。市のほうでは危機管理のマニュアル作りができていて、進行をチェックする方策も完備するようにしている。そして、一つの課題にしてもマニュアルだけで済ますのではなく、その周辺にある課題も考慮に入れながら進められた。
とくにカオリンは “子は宝”という考え方から、学校や地域によく出かけ町会や少年連盟の方々とよく相談して、高齢者の活躍する場所をどんどん作っていった。いじめに対して強い子どもを作ろうということで、毎朝夕子ども達に声をかける地域のコミュニティ活動が自然発生的に増加していった。そして生き生きとした老若男女の姿がみられる街に変わっていった。
議会では行政のスリム化に対する反対意見が多かったが、市の財政とボランティア活動の充実でその課題を乗り越えていこうということで、その実施策が推進されていくようになった。また議事のための参考資料は事前に議員にメール等で配布されているので議員自身も勉強しやすくなると同時に、本会議や委員会活動はホームページ上で公開されるようになった。また市長や市会議員の歳入、歳出がガラス張りになったので、その透明感により市民も市政に協働しようという機運が生まれた。市会議員の中からもカオリンの次期を担える人たちが、額に汗して現場に向かい各種施策を提案するようになった。それにより議員提案型の条例が多く成立した、また陳腐化した条例は破棄され、市民からは分かりやすい行政システムが少しずつ形成されていった。とくにカオリンは長期計画作成に議員や職員の若手を起用した。
「市長はなぜ長期的な計画を大事にするのですか」
カオリンは “将来は”あなた方が責任を取らなければならないからだと前置きして
「市の長期的な施策を明確にすることにより市民に納得と理解を事前に得ておくようにしていかねばならないと考えている。そしてそれは透明にしておかなければならない。利権がうごめくようにならないように自らが律していくことが大切なのである。それを次世代の人たちに残していくことが、私の大きな仕事の1つでもある」
また在任期間中に起きた地震では市に少なからず被害が発生したが、海外からの観光客を含む市民の人身事故を未然に防いだことにより、海外から称賛の声があがった。そして国連の場で危機管理についての演説をするようにと要請され、米国の国連会議場で自然災害救援隊の設立を熱く語った。自然災害との闘いに人類は終わりを迎えていない。人が人を殺す戦争をやめて、その経費で世界に派遣できるヘリコプター搭載型救援船空母を就航させてほしい。自然災害が発生した時には、二十四時間以内に現地に駆け付け、世界各国から参加している熟練した隊員が救援に当たり、終了後は自然災害当事国にその後の施策を任せ、引き上げて常用の体制になるような組織を作りたいと呼びかけた。戦争当事者やテロ組織の撲滅で課題を抱えている国からはいくつかの質問があったが、提案された案を国連として検討していくことが決議された。
市の収入が大きく改善され、さらに行政もスリムになったので、市の財政が黒字化へと流れる道筋をつけた。
晩秋の秋晴れの日、家族だけの密葬がおこなわれた。慰霊には市民を温かく見守る優しい顔をした写真が掲げられた。街角では、赤褐色のもみぢの葉が木枯らしで一枚一枚と落ち、若い植物たちの周りを楽しそうに舞っていた。
おわり
