ゲームのルールは最初に決めておく、
そして死守する
WBCを振り返ってみて

 原監督率いる”侍ジャパン”が今年も優勝した。それも宿敵韓国との戦いを予選を含めて5回も行った末に獲得した勝利である。10回表のイチロウ選手のセンター前ヒットは野球の専門職人が果たした大きな貢献であった。予選からの不調を胸に抑えながら、立て続けに打ったファールは、執念というしかない気迫のバッティングであった。今年度のビッグニュースになることは間違いないであろう。
 ところで、前回も同じであったかもしれないが、今回のルールの中で敗者復活戦について考えてみよう。甲子園の高校野球では1回でも負けると戦いが終了してしまうトーナメント方式をとっているが、今回のように敗者復活戦を行うと、真の勝者が選ばれやすくなると考えていいだろう。予選で2度続けて負ければやはりチーム力が弱いという確率は上がるのが当然であるからだ。
 しかし、今回決勝ラウンドでなぜ敗者復活戦を設けなかったのか。日本に2回も負けたCUBAは別として米国にはチャンスがあったのではないか。
 また、アジアリーグ予選で上位2チームが本戦に出られることが決まっており、韓国との優勝決定戦は何のためなのかと思った。1チームだけが出られるのならば当然この戦いは必要であった。
 しかし、一方世界戦に各予選で勝ち抜いた2チームを参加させたことには意義がある。
最終的にアジアの2チームが1位、2位を分け合ったということは、アメリカチームの主力選手が欠けていたとはいえ、アジアの野球に実力があったと言わざるを得ない。

 さて、3年前"王Japan"が世界一になった。世界戦の予選リーグを1勝2敗で僅差の末アメリカの大リーグを
制して、さらに韓国にも勝っての勝利なので、選手のみならず私達にも感動を与えてくれた。CUBAも世界
チャンピオンに何度もなった国で、最後まで勝負にこだわり続けていた印象が鮮烈である。
 この予選リーグで、勝率が並んだとき失点の少ないチームを勝と決めるルールについて考えてみよう。
我々が公平な立場で、優勝してもらいたいのは自国のみならず真の勇者が優勝を勝ち得るべきと考える。
この予選リーグのように3者が1勝1敗になった場合、いくつかのやり方がある。
@ 得失点の差の合計が小さいチームを選択する。
A 失点の合計が小さいチームを選択する。
B 準決勝に進出した韓国チームとの対戦で得失点が一番小さいチームを選ぶ。
C 準決勝に進出した韓国チームとの対戦で失点が一番小さいチームを選ぶ。
D 出塁数が多いチームを選ぶ。
E上記の組み合わせであるが、@またはAで上位2チームを決めて、再試合を行う。
F下馬評の高いチームを抽選で選ぶ。(これは、簡単には決まらない?)
 このように、ルールの決め方はいろいろある。しかし、ただひとつだけ決めておかなければならないのは、ルールは大会が開催される前に決めておくことと一度決めたルールは大会終了までは変えないことが大切である。特に公平でない審判のやり方では、試合自体を面白くなくしてしまうので、気を付けなければならない。
筆者も大学時代、学科対抗運動会で、当初のルールを競技途中で変更された経験を持っている。
 1)途中の配点の結果それ以降の競技を継続しても他のチームが優勝できないことがわかった。 
 2)それで優勝チームになれない老教授が配点の方法を改めたいと競技の途中で申し入れた。 
 3)我々を含め若い教授たちはそれに抗議をしたが、受け入れられなかった。
この日の我が学科のストームは荒れたが、連帯感を深めるイベントになったことを今でも心に残している。

 数学の世界でも同様なことがある。定義をまず決めて論理を進める。そして、途中でその定義を変更しない。 途中で変更する場合は、今まで進めて着た論理をもう一度見直さなければならないから。試合でいえば、大会自体がなかったことにしましょうということである。一貫性ある対応が数学の基本である。そして、出てくる
変数や関数も、通常は平等、公平に扱わないといけない。一部の強権によってなされた論理は、疑ってかかるべきである。

〜数学的なものの考え方をすると野球、運動会ももっと楽しく見れるようになる〜