「1/f ゆらぎとの出会い」  No.1
長野と新潟との県境にある白馬の頂上から100メートルほど下ったところに、山小屋があり、その近くに直径10メートルもあろうかと思われる大きな岩があります。深夜その岩の上に寝そべって空を見ていると、都会では見られないほどに多く、また一つ一つの星が実に大きく見えます。それらをじっと見ていると、なぜか涙がこみ上げてくるような思いをすることがあります。
 こういう話を研究室で話したところ、まったく同じような話を耳にしました。ある大学の先生が屈強な学生を野辺山の天文台に連れて行くと、同じようにしんみりと静かになって感傷の心に浸ることが度々あるということです。星と我々の心の間にどんなコミュニケーションが成立したためにそういう感情が生じてしまったのでしょうか。
 星の輝きには、1
/fゆらぎのパターンがありますが、それを媒介にして星と人間の心とが一種の共鳴を起こした現象なのでしょうか。星がその寿命を終え、爆発したときの光のスペクトルを調べてみると、人間を構成している組成と類似しています。いわば人間は宇宙で生まれた星のひとかけらとして存在しているともいえます。ところで我々が星を見るということは、今現在と何百年も前の過去とを同時に見ていることだから何か不思議でもあり、何か非常に懐かしくて大切なことのようにも感じます

           「日常的な”ゆらぎ”」

それではその人間が日常的に行っているゆらぎについて、お話してみましょう。二本走行するロボットは、あの細いハイヒールで走る女性をおそらくすごい人(美人?)とみているのではないでしょうか。数10msecの間に足を揺らがせながら右足の重心をセンサーし、体重を右足に移動すると同時に左の足を先に出します。これをロボットにやらせるとまるでスローモーション映像で動く人形のようにぎこちなくなります。人間は幼児期に二本足で立って以来、幾多の学習で重心を見つける方法を自然に体得してきたのです。また我々が品物の重さを目分量で比較しようとするとき、その物を上下に振って重さを計ろうとしますが、そのようなところにもゆらぎを自然に使っています。

       「”1/f ゆらぎ"とは」

我々を取り巻く自然の中に、例えば小川のせせらぎや潮騒そして風の中にも1/fゆらぎがあります。自然の風は、風速の変化や物をゆるがせることで、我々の回りに自然に存在しています。この一見すると全く無造作に吹いているように見える自然の風も、たとえば風速や風の音の変動の中に、どのような振動数を持った成分が、どのくらいの割合で含まれているのかということを数学的に解析してみると、その奥に法則性があることがわかります。心地よく吹く自然風の風圧を時間的にモニターして、これをフーリエ展開して、周波数毎にそのパワースペクトル分布を表示する。すなわち、ゆったりした変動(振動数が小さい)は変動の幅が大きく、せわしい変動(振動数の大きい)は変動の幅が小さいというパターンで風ができています。そして周波数(f)を横軸にして、その分布を表示してみると私たちが中学で学んだy=1/xの双曲線関数が現れる。従ってxの代わりに周波数のfを入れば1/fの分布を持つ関数になっていることにより、これを1/fゆらぎとよんでいます。例えば、お城の下の芝生の上で寝転んでいると強い風が吹いてきたり、また風がないでしまったりという経験があるでしょう。こういう自然そのものを、製品の中に取り入れて自然と人間の融合が図れないものかと私達は考えました。
 
   1/f ゆらぎの世界
内灘の夕陽と波
皆既日食の時の三日月型の影
1つ1つが銀河
1つの銀河